有吉 佐和子著 「断弦」 文春文庫
<没後30年 名著復刊>と帯にある。
著者が23歳の時に書かれたもの。その筆力が本当に凄い。テーマも渋い。伝統芸能についての考察。しかし、出てくる主人公「瑠璃子」の考え方は若者特有。なので、やはり著者が23歳ならではの内容なのかもしれない。
地唄というものはよくわからないが、本書を読んでいてふとあることを思い出した。芸の継承ということで、今芸能で取り上げられている花柳流の騒動だ。家元とそのお弟子さんとの関係の難しさ。いろんな思惑や嫉妬が渦巻いているイメージ。本著においてもそのようなことが描かれている部分がある。
本著は父親と娘との関係が描かれている。同著者の作品では、今まで母親と娘の関係を描いたものは読んだことはあったが、とても新鮮な感じがした。また伝統芸能を海外で演じる場合、どこまで脚色するのかなど考えさせられる部分があった。
以下心に残ったところを覚書。
<愛しつつ抵抗する。反逆しつつ愛する。伝統ーそれは芸の伝統ばかりではなく、人間が世々を経て生きるということだーを、生きているまま継承する正しい方法は、これなのだ。伝統という言葉をわれわれは否定的な意味でしか用いることがない、と言ったエリオットの言葉を瑠璃子はふと思い出していた。>
<私が菊沢寿久の許で学んだものを、咀嚼して、やがてこの人との生活の中に溶けこましてみよう。そうなっても、おそらく史郎はそれと気付くまいけれども。寿久が男であり、史郎が男であり、そして私が女だということは、意味のないことではない。夜道を、二人でいることを意識しながら歩いて、瑠璃子は幸福だった。>
瑠璃子は地唄に一時期熱を上げていており、師匠の寿久から養女にならないかと言われ、引き受けよう…とまで思っていたのだが、恋人の史郎が彼女の様子をあまり感心しないという顔で「見守って」いてくれていたのは本当に良かったと思う。