山田 太一脚本 「ありふれた奇跡」③

毎回録画したものを見ている。そのほうが落ち着いて見られるからー。

さて第三回目。

深刻な話をしたり死にたかった理由を話したり。。。ということはあるのだが、どうも見ている自分は深刻にはなれない。むしろ失礼な話かもしれないが、笑みがこぼれてしまう。

なぜなら、あまりにも現実離れしているから。仲間さんと加瀬さんとの会話が。いや設定がー。

……でも。いいのである。全然構わない。

なにもドラマに現実を見ることを期待していない。


仲間さんのような天女のような人(そういう表現でいいのだろうか 汗)が、加瀬さんのようなじみーな人(失礼ですね。でもそれが悪いとは思っていません)が何度も会って話をするだろうかとか。

現実にはありえなさそうなことが次々と起こる。

……でもいいのである。

なぜなら、その人の本音の部分が表現されているから。

ある人の本音の部分をある人がどう受けとめるのか。

受け流してみたり、体で受けとめてみたり、殴ってみたり。。。いろんな受けとめ方がある。他人同士ではなかなかむずかしいし現実にはありえないかもしれない。

でも、人と人が出会いその関係を続けていく中では、いろんなことが起こるしいろんな感情が生じる。

それらを丁寧に描いているように思う。

現実ならばもっともっと時間をかけていくところだが、ドラマなので早回しな感じだがー。


今回いちばん印象に残ったのは、仲間の言う「これはデートではない」という言葉(正確には前回で言っていた)。


加瀬と会うのはデートではない。きれいだとかすきだとか言うな。恋愛感情ぬき。という前提のもとで会うのだという確固とした思い。それにこだわるということは、そうなることを予感していることの裏返しでもあるような気もするが。

そして、二人で会う名目(!)を「死にたいと思ったことのある人の会」の会合!現在会員2名!(笑)

そこでふとした疑問!

男女ふたりで会う=デート という図式はいったい何歳ぐらいまでの人がそう思うのだろう?ということ。年代によって違ってくるのかな?!


そして、もうひとつ印象に残ったのは、仲間と加瀬が夕日の中でしゃべるシーン。そのなかの言葉ではなく、景色。ふたりが見ている景色、情景がよかった。

あれはどこなんだーーー!?

……探して行ってみたい(笑)


次回は、仲間が死にたかった理由を言うのかな。いやいや。そこらへんはもっとひっぱりそうですね。今回思わせぶり(?)な映像がチラッと写っていましたが(フィードバック)。


そして仲間さんってかわいいですね。もう。。。彼女自身が現実離れして見えるのは私だけでしょうか(汗)


……すみません。ドラマを見ていない人には説明不足で全然わからないですね。忘れないうちにだだっとメモしときました。