M.J.アドラー/C.V.ドーレン著 「本を読む本」 講談社学術文庫

訳者は外山滋比古/槇未知子である。
本当はこの文庫の違うタイトルの本を探していた。ふだんこの文庫には立ち寄らない(笑)
しかし!学生の頃『思考の整理学』(ちくま書房)ではまった外山氏が訳されている本を発見!
これはおもしろいに違いないと思い、ついつい買ってしまった。

結果。おもしろかった。訳文もわかりやすかった。


本書は、<読むに値する良書を、知的かつ積極的に読むための規則を述べたものであります。>だという。

どんな規則があるのか?


以下目次を紹介

日本の読者の皆さんへ モーティマー・J・アドラー
第一部 読書の意味 
 1読書技術と積極性  2読書のレベル 3初級読書ー読書の第一レベル 4点検読書ー読書の第二レベル 5意欲的な読者になるには
第二部 分析読書ー読書の第三レベル
 6本を分類する 7本を透視する 8著者と折り合いをつける 9著者の伝えたいことは何か 10 本を正しく批評する 11著者に賛成するか、反論するか 12読書の補助手段 
第三部 文学の読み方
 13 小説、戯曲、詩の読みかた 
第四部 読書の最終目標
 14 シントピカル読書 15読書と精神の成長
日本人の読書―訳者あとがきにかえて

本書によると、目次を見るのも大切なことだとか。実際ここから著者が読書のレベルを四つに設定していることがわかる。

<自分の理解を越えた本を読むときこそ、読み手はいっさい外からの助けに頼らず、書かれた文字だけを手がかりに、その本に取り組まねばならない。読み手が積極的に本にはたらきかけて「浅い理解からより深い理解へ」と、読み手自身を引き上げていくのである。>

読書には目的のちがう二種類の読書があるのだとか。情報をうる読書と理解を深める読書。はっきり区別して考える必要があるという。どちらの過程でも頭を使って考えること。思考をすることが要求されるという。

<「読む」ということをもう少し広い意味で考えれば、次のように言うこともできよう。すなわち、「発見すること」は自然や外界を読みとる技術であり、「教わること」は本を読む技術、ないし話し手から学ぶ技術である。>


積極的読書への四つの質問(第二レベル以上の読書の技術)があるという。
一、全体として何に関する本か。
二、何がどのように詳しく述べられているか。
三、その本は全体として真実か、あるいはどの部分が真実か。
四、それにはどんな意義があるのか。

意欲的な読み手は問いかけをする。だから、答えも得られるという。


読書のレベルの第四(最終目標)はシントピカル読書だという。これは比較読書法とも呼ぶことができ、一つの主題について何冊もの本を相互に関連づけて読むこと。読者に対する要求度のもっとも高い積極的な読書だという。まず準備作業があり(文献表を作成・主題の観念を明確につかむ)、次に第五の段階があるという。

第一段階 準備作業で関連書とした書物を点検し、もっとも関連の深い箇所を発見する。 
第二段階 主題について、特定の著者に偏らない用語の使いかたをきめ、著者に折り合いをつけさせる。
第三段階 一連の質問をして、どの著者にも偏らない命題をたてる。
第四段階 さまざまな質問に対する著者の答えを整理して、論点を明確にする。
第五段階 主題を、できるだけ多角的に理解できるように、質問と論点を整理し、論考を分析する。

んー。これはなかなかむずかしい。。。学者向きでしょうかね。。。


<人間の精神には一つ不思議なはならきがある。それはどこまでも成長しつづけることである。このことは、肉体と精神のきわだった違いである。肉体にはさまざまの限界があるが、精神に限界はない。>


しかし使わずに鍛錬を怠ると萎縮してしまう恐れがあるという。
外からの刺激(テレビ、ラジオ、娯楽、情報源など)に反応していると、自分の精神も活動しているような錯覚におちいるという。自分の中に精神的な貯えをもたなければ成長が止まるという。

<積極的な読書は、それ自体価値のあるものであり、それが仕事のうえでの成功につながることもあるだろう。しかしそれだけのものではない。すぐれた読書とは、われわれを励まし、どこまでも成長させてくれるものなのである。>

……積極的な読書をめざそう(笑)