鈴木光司 馳星周 花村萬月 姫野カオルコ 「作家ってどうよ?」 角川文庫

本書はラジオで放送された内容のものを単行本→文庫化したものである。とても軽く読める「作家の打ち明け話」。

四人の作家の人となりがうかがい知れる。自分は、鈴木氏の『リング』と姫野氏の『喪失記』を過去に読み強烈な印象を抱いたので、どんな思いでお二人が作家活動をし、どんな思いが作品に込められているのかと興味を持ち本書を手に取ってみた。

幼少期のことやら家族関係のことなど作家さんの背景が多少なりともわかり、なるほどそこから発想されてテーマが生まれた部分もあるのかということがわかった。

また、鈴木氏の『リング』は本当に怖くて途中で読むのをやめたいぐらい怖かった。夢にも出てきてうなされた。(しかし、氏は怖い小説やホラーを書こうというという意識は全くなかったという。面白い小説を書こうという意欲だけだったそうだ)。氏が「オカルト」や「怖い小説」について語っている部分がなるほど!と思わされた。以下少々長いが引用してみる。


<小学校のころは、自分の母親が何かの拍子にいなくなってしまう、要するに病気で死んでしまうとか事故で死んでしまうというのが非常に怖かった。お母さんがいなくなったらどうしようって想像すると、ほんとに怖かったんです。今は母親が亡くなっても、子どもの時に感じたような恐怖はないと思うんです。それよりも、二人の娘たちの身に何か起こった時のことを考えると、これは非常に怖いですね。僕にとって恐怖というのは、血の繋がりに関係なく、友人であってもそうなのですが、もう非常に仲良くしてきて絆を深くしてきた相手と、不自然な方法でその絆がバチッと切れてしまう、そういうことです。>


<僕の考える怖さは、簡単に言ってしまえば情報の遮断ということになります。例えば一寸先も見えない闇の中にいて、すぐ近くに何かが立っているような気配だけが伝わってくる。そうするとその気配から、人間は目に見えない化け物を頭の中に想像してしまいます。その想像してしまった化け物に、人間は恐怖を感じてしまうんです。それからやっぱり真っ暗闇の中、遠ーくのほうから何か音が聞こえてきます。何か人の声が聞こえます。その喋ってる内容がきちっと聞こえれば怖くないんですが、聞こえたり聞こえなかったり、そして聞こえてくる内容の中に、ふと、二年前に亡くなった知り合いの喋っていたのと全く同じフレーズが聞こえてきたような気がしたりする。そうすると、闇の中に二年前に亡くなったその知り合いが立っているかのような幻覚を起こしてしまう。
 情報の遮断を補おうとして、人間はそれ以上のことを、頭の中に見てもいないもの、あるいは聞こえもしないものを勝手に想像してしまう。怖い話というのは、創造力をいかに刺激するかということに繋がるのではないかと思います。>


他にも<匿名性を利用した犯罪><インターネットを利用した犯罪><肉体感覚の欠如>がこれからの時代の恐怖だと、その当時述べられている。これらはなるほど今の時代の怖さに合致している。


また、ラジオ放送が今から13,14年前ということもあり今や死語となりつつある言葉が頻繁に出てきて、時代を感じてしまった。例えば「伝言ダイヤル」「ワープロ」「ポケベル」「CDウォークマン」などという言葉。たった(?)13,14年前のことなのにー。

この手の本はもう書店には並んでいないのだろうなあ。