向田 邦子著 「あ・うん」 岩波現代文庫

向田 邦子シナリオ集Ⅰ(全6冊)である。


本シリーズの特長がいくつかある。そのひとつが分厚い。もうひとつが附録がついているということである。附録といっても今流行の「バッグ」とか「ポーチ」とかではない(笑)。巻末に豪華なメンバーの「対談」(座談)がついているのだ。これだけでも読みたい!と思わせてくれる。


今回の附録は日本を代表する脚本家!倉本 聰、橋田 壽賀子、山田 太一、そして向田 邦子氏というそうそうたるメンバーである。題して「新春たれんと模様」一九八〇年元旦。脚本家としてどんな人と仕事をしたいか(好きなタレントさん)、出演する俳優さんによって台詞が変わったり、逆に俳優さんからイメージして台詞ができるということもある。その他業界の裏事情(?)などが垣間見られて面白かった。


プラス「手書き原稿」。これはシナリオ集Ⅲ「幸福」にもあった。それに加えて今回は「企画書」が掲載されている。二種類あるという台本のうちの一つの台本の写真が載っている。表紙の写真なのだがこれが面白い。というのも<ドラマ人間模様 仮題「こまいぬ」>とあり棒線で消されたタイトルの横に現在のタイトル「あ・うん」と記されているのである。なかなか貴重な資料である(かごしま近代文学館所蔵)。

個人的に思うにタイトルが「こまいぬ」ではなんとなくぱっとしない。しかし「あ・うん」となったとたん、「どんなストーリーなのだろう?」と興味を抱く。まあ二人の男性を神社にある「こまいぬ」と発想するだけでも脱帽ものではないかと思うのですがー。


と。前置きが長かった。



毎度のことながら、楽しく読ませてもらった。場面が転換するのがスムーズ。話の展開の仕方もうまい。突拍子のないことが起こるのだけれどもどこかユーモラスでおおらかでついついほほがゆるんでしまったりする。


本書は二人の男の友情が中心に描かれているのだがそれを縦糸とすると、そこに恋心、嫉妬心、夫婦愛、男の甲斐性、若き娘の見合い・初恋などが横糸として複雑にからみあってくる。何かを伝えるのに説明的文章がほとんどない。18歳の娘の語りで簡単な状況説明(ナレーターの役割)があるだけだ。


台詞や行動の二つだけで、その人がどんな人物なのかをずばっとイメージさせてくれる。自分の場合は、巻末のキャストを見て俳優さんをイメージの助けとしている部分もあるが。(好きなシーンや描写を書き出してみるのも面白そう)


向田氏の登場人物には包容力がある(主にに女性?)。また、どの人たちも言いたいことをいっているようで一線を越えない相手を思いやるこころがある。そこが読んでいて心地よい部分なのかもしれない。修羅場もあるのだが、それを回避しようとみんながどたばたしている姿もおかしみがある。自分の人生をあきらめているように見せながら、水面下では一生懸命もがいていたりもする。


また企画意図がいい。以下一部抜粋。


<(前略)だが、教育勅語や修身のページの表側で、このような、おかしい、かなしい、おもしろいものがなかったとはいえない。男と女のドラマであり、ふたつの家の物語であり、日本のある時期の姿でもある。そんな作品を考えています。>


ここで挙げられている教育勅語が「夫婦相和シ」と「朋友相信ジ」のふたつである。この時代その通りに生きた人も、心の中ではいろいろな葛藤があったかもしれない。実際にそれが犯されたとおぼしき出来事(姦通罪)も実にうまく乗り切り力技でねじこんでしまうパワーなり知恵なりがその時代の人たち(昭和十年代)にはあったのかなと思った。


人と人との距離のとり方・描き方がものすごく上手。もうこれ以上ふみこんではいけない。ここまでは大丈夫。というようなバランスをとりつつ微妙なかけひきが実に巧み。押したり引いたり飽きさせない。また「幸福」でも思ったのだが、両者とも高齢の男性が出てくるのだがうまくストーリーに絡んでくる。しかもどこか憎めない(笑)。


登場人物のやりとりのなかに、当然のことだが著者向田氏の人間に対する見方が表れている。おかしみのなかにさみしさとかかなしさが含まれていてなんともいえない味わいのある作品であった。